1.断熱性能を高める場合の追加コストの目安。

国交省による審議会の報告によれば、

一般的な120㎡の戸建住宅の場合で断熱住宅にするには、87万円の追加コストが発生。その光熱費削減効果は、年間2.5万円
従って、回収期間は35年

と示されています。 (*)国土交通省・社会資本整備審議会・建築分科会・建築環境部会「国交省 今後の住宅・建築物の省エネルギー対策のあり方について」より。

ここで言う「断熱住宅にする」とは、「断熱等級を3から4に上げるための措置」とされています。この断熱等級4のレベルは、省エネ住宅であると国が認めるレベルです。だから、

  • フラット35で、金利が優遇される。
  • 住宅ローン控除の上限が拡大される。
  • 登録免許税、固定資産税が減額される。

などの各種優遇措置が設けられています。誰からも「省エネに配慮した断熱住宅ですね」とお墨付きをもらえます。

先に挙げた追加コストの87万円とは、断熱材と開口部(サッシ)の性能を上げることに伴うコストです。目先の損得を考えると、断熱住宅ってそれほど必要なのかなと感じる方も多いでしょう。

今回は、住宅の温熱環境が人体に与える影響を考えながら、断熱住宅の潜在的価値を考えてみます。焦点をあてたいのは要介護の期間の短縮、つまり健康寿命を延ばすことです。


2.冬場の低い室温は、疾患のある人には危険な環境です。 

中古住宅の断熱性能は劣っています。そして、居間や食卓に集まりその部屋だけを暖房し、廊下や洗面所・トイレはとても寒いというお住まいは、今でも多いです。局所的に暖房をする住み方ですね。

自分たちがいる場所だけを温める「局所暖房」という考え方は、他の先進国にはありません。日本は、住宅の冬の寒さ対策が遅れているのは事実です。

健康への配慮から、イギリス、ドイツ、北欧諸国は、住宅の断熱に何年も前から厳しい基準を設けています。そのため欧州の中でも暖かいポルトガルやスペインが、寒いフィンランドやドイツよりも冬の死亡率が高いという統計があります。

更に国内に目を向けると、断熱住宅が普及している青森や北海道が冬の死亡率が最も低いツートップ。一方で、栃木、茨城、山梨がワースト3となっています。

(冬の死亡率=12-3月の死亡数/4-11月の死亡数。2点とも慶応大学・伊加賀研究室調べ。)

英国保健省年次報告書(2010.3)によれば、冬場の室内の推奨温度は21℃。許容は18℃。それ以下になれば、

16℃未満呼吸器系疾患に影響あり。
9-12℃血圧上昇・心臓血管疾患のリスクあり。
5℃低体温症のリスクあり。
(出所)2014.9 国交省安心居住政策研究会資料。


とあります。健常な人が平気であっても、同居する方が疾患をお持ちであれば、留意すべき報告であると思います。


3.冬の室内での健康、特に血圧への影響。

先ほど引用した慶応大学・伊加賀研究室によれば、実際に生活する方々への調査の結果、以下の様な知見を得たとのことです。

朝の室温が低いと血圧が上がる。
しかも、高齢者ほど血圧上昇幅が大きい。
家の中で室温に差があると、歩くことが減る。
(出所 前出.2014.9 国交省 安心居住制作研究会資料)


寒い状態が続くと血圧が上がる。しかもそれが高齢者ほど顕著である様です。日々の血圧を意識される方は特にご留意していただきたい研究結果です。

また、コタツに入ってじっとする様に、局所暖房に慣れると身体を動かさなくなるのは、経験からなんとなく分かりますね。つまり、じっとしていることに慣れてしまうと健康寿命を損ないますよ、という警鐘を鳴らしています。

一方で、高断熱住宅で観られた効果も発表されています。


高断熱住宅では起床時血圧が低下。
高断熱住宅では入浴時心拍数は低下。
高断熱住宅では起床時の心臓への負担軽減。
(出所 前出.2014.9 国交省 安心居住制作研究会資料)


室内の温熱環境は、循環器系疾患への影響が、特に強いようですね。

4.年間1.9万人。入浴時の事故。

高齢者の入浴時の事故死は年間、1万9千人と推計されています(2015年厚生労働省)。死亡原因は大きく2つに分けられます。

  1. 急な温度変化に伴う血圧の急変が、脳卒中や心臓病を引き起こす。
  2. 熱い風呂に長時間つかることによる熱中症。

1.はヒートショックと呼ばれますが、

暖かい居間 → 寒い脱衣所 → 暖かい浴室 → 熱い浴槽


という移動時の温度の急変が原因です。お湯に溺れたり、脱衣所で動けなくなったりします。

2.は浴槽につかっている時に、動けなくなり救助が遅れて熱中症となるケースです。

実際の救急医療現場からは、心肺停止や意識障害の患者が多いという報告があり、体温の上昇により意識障害発生の可能性が高まるという医学分野の知見から、入浴中の溺死事故は、熱い浴槽に長時間浸かることによる体温上昇のために発症する熱中症が原因である(引用 慶応大学医学部による報告。)


という見方があるようです。

高齢者にとって、急な温度変化が身体に及ぼす影響はとても大きいですから、局所暖房という住み方ではなく、断熱性能を高め、全館暖房という住み方を再考する必要があると思います。

因みに、消費者庁から「冬季に多発する高齢者の入浴中の事故に御注意ください!」とのリリースがあります。注意点を引用します。


(1)入浴前に脱衣所や浴室を暖めましょう。
(2)湯温は 41 度以下、湯に漬かる時間は 10 分までを目安にしましょう。
(3)浴槽から急に立ち上がらないようにしましょう。
(4)アルコールが抜けるまで、また、食後すぐの入浴は控えましょう。
(5)精神安定剤、睡眠薬などの服用後入浴は危険ですので注意しましょう。
(6)入浴する前に同居者に一声掛け、同居者は、いつもより入浴時間が長いときには入浴者に声掛けをしましょう。

(引用 平成29年1月 消費者庁 入浴注意

5.夏の室内での熱中症。

断熱住宅は、冬だけではなく夏もその効果を発揮します。

夏場、何よりも注意すべきなのは熱中症です。特に年齢を重ねるごとに、暑さに対する感覚が鈍ってきます。断熱住宅であってもエアコンは必要となりますが、稼働量が抑えられる分温度が均一に保ちやすくなります。つまり快適な環境を確保しやすくなります。

熱中症についてはこちらにも触れていますので、ご参考下さい。湿度にも注意すべき点に触れています。


(参考)住まいの断熱性能を確保すべき理由とは?快適さの視点から解説します。

6.要介護となった場合の出費を考えてみる。

これまでに、断熱住宅と健康に密接な関係がある事をご説明しました。

健康はお金に代えられないと言いますが、ここでは要介護となった場合の一般的な費用を見ておきましょう。在宅介護の場合です(ほぼ、出費が最も抑えられるケースであると見なして良いと思います)。

2016年の家計経済研究所の調査によれば、毎月の出費は以下の通りです。

要介護1 3.3万円
要介護2 4.4万円
要介護3 6.0万円
要介護4 5.9万円
要介護5 7.4万円

平均を取ると5.0万円となります。出費の総額の目安を計算するにあたって、

(平均寿命-健康寿命)×5.0万円×12か月

という式で計算してみます。



2016年厚生労働省発表資料によれば、男性の場合で、

平均寿命  健康寿命
81.1歳    72.1歳

その差は、9.0歳。介護費用の総額は

5.0×12か月×9.0年 = 540万円


女性の場合で

平均寿命  健康寿命
87.3歳    74.5歳

その差は、12.8歳。介護費用の総額は

5.0×12か月×12.8年 = 768万円


ここで試算した金額と、断熱住宅対応のコストを比べることは、やや強引ではありますが、ご参考下さればと思います。


7.まとめ。


健康寿命を延ばすための影響因子は、食生活や運動、睡眠など様々です。そして住宅の断熱性能もその中の一つです。

最近はフィットネス人口が急増し、特に50代以降で運動に励む方がとても多いみたいです。健康寿命を強く意識される中で、住環境のリスクにも目を向けていただければと思います。