1.耐震設計の基本的なアプローチ


突然ですが、10人で500kgのお神輿をかつぐ事を想像してみて下さい。

全員がお互いに気を配れば、1人あたり平等に50kgの負担で済むでしょう。

そこにずるい人が出てくると、その分誰かが損な役回りとなり、その人はひょっとすると100kgも負担する事になるかもしれません。そんな神輿、周りからみると不安でヒヤヒヤしますよね。

木造住宅の耐震設計の基本的な考え方は、これと同じです。

つまり、損な役回りの構造部材をつくらない様に設計するのが、耐震設計の基本原則なのです。

2.プランニングの段階で、耐震設計は8割方決定します。


木造住宅が負担する地震による強烈な力は、主に「耐力壁」という部分で負担します。それ以外にも、力を伝達するための柱や梁といった構造材も重要な役割を果たしています。

中央左あたりのXの材木が耐力壁である筋交いです。

実務においては、各構造材が、地震による外力を平等に負担する事を考えながら、プランニングを進める必要があります。もしプランニングの段階でこれに配慮していない場合、負荷の高い部分、つまり損な役回りの構造材が生じている可能性が高いでしょう。



比較的簡単にできる木造住宅の設計

木造住宅の設計は、例えば柱と柱の間隔を2間(3,640mm)以内にするなどの、経験則によるいくつかのルールさえ守ればできてしまいます。そして、その設計に従えば建物を完成させることが可能なのです。特別な専門知識は必要とされないと言ってもいいくらいです。

しかし、それでは耐震性が曖昧だから法律面で引っかかるのではないかというご指摘をされるかもしれません。ところが、耐震設計に対する法律の縛りがとても緩いので、実現できてしまうのです。それが現在の日本の木造住宅の耐震設計の実情です。



「仕様規定」を満たせば良いというルールです。

現在の法制度の下では、木造2階建て住宅の場合、仕様規定に則った簡易な耐震計画であるため、負荷の高い部分があるかどうかの検証はなされません。一言でいえば、設計者のモラルとセンスに依存していると言っていいでしょう。

「仕様規定に則る」という意味をシンプルに言えば、経験則から決めたこの程度の強度を持たせれば良いですよと、いう考え方です。



プランをする設計者次第で耐震性は大きく変わる。

この仕様規定とは、一定量の耐力壁を確保したり、定められた金物の強度を確保したりなど、具体的な数項目の規定から構成されています。それらを守りさえすれば、構造上問題は無いという判断が下されます。

実際、ある程度の経験則からプランニングをすれば、ほとんどのプランでこの仕様規定に収める事が可能です。だから結果的に、表面には出ない耐震強度のバラツキが住宅ごとに生じています。プランニングの段階で耐震設計はほぼ決まってしまう訳です。つまりプランをつくる設計者の能力に、耐震性が大きく依存するのです。

これは例えば、耐震等級がⅢを満たした建物でも差は出ます。

3.同じ耐震等級の中でのバラツキ。

耐震等級について

耐震性の違いがとても分かりやすい「耐震等級」。ここで少し解説をしておきます。

耐震等級というのは、品確法という法律で定められた性能表示という制度で定められたものです。建物強度を三段階でクラス分けしており、

耐震等級Ⅰは、建築基準法クラスの強度。

耐震等級Ⅱは、建築基準法で前提とする地震の、1.25倍の強さの地震を想定した強度。

耐震等級Ⅲは、建築基準法で前提とする地震の、1.50倍の強さの地震を想定した強度。

といった定義です。時々耳にしますが、壁の量を1.25倍にするのが等級Ⅱではありません。

耐震等級の認定を取るためには、構造の各部分で定められた強度が満たされていることを検証した分厚い書類を、評価機関に提出しなければなりません。評価機関へ支払う手数料、構造計算手数料、申請料などの費用は発生します。

等級を取らないけど、壁の量が等級Ⅱクラスだから大丈夫という説明を、もし受けたら要注意。壁以外にも重要な部分は幾つもあります。



同じ耐震等級にもバラツキは生じる。

更に付け加えるならば、耐震等級の認定を受ける方法としては、仕様規定に則る方法と、科学的に計算して安全性を検証する方法の2通りあります。前者の方法はとても緻密にチェックしてはいますが、厳密に言えば全ての構造材に対して安全性を検証している訳ではありません。

つまり、耐震等級Ⅱ、Ⅲで安心を追求するならば、構造計算により科学的に安全性を検証する方法を選択するべきなのです。そして何よりも、検証前の設計段階で、損な役回りの部材を発生させない、つまりバランスの取れた設計とすることが、安心な建物とする最重要課題なのです。

国内の木造住宅の大多数は、このように設計されていますが、次に「損な役回りの部材」が生じることを回避する一つの事例をご紹介します。


4.直下率という概念。


耐震等級のチェックポイントで考慮されていない概念の一つが、直下率です。

直下率とは、2階の壁や柱と、1階の壁や柱が一致する割合を示すものです。直下率を高めるということは、2階の柱や壁の真下に、1階にも柱や壁を設けて垂直方向にできるだけ一直線で揃えましょうということです。

直下率の違い

この数字が大きいほど、建物全体に加わる力を部材同士でバランス良く負担でき、一部の部材に過度な力が加わることを回避しやすくできます。


例えば、上の絵の様に、2階の柱や壁を梁だけで負担していれば、梁にかなりの負担が生じます。このような場合は、梁の高さ寸法(梁せいと言います)を伸ばして対処しますが、この梁には「損な役割」をさせてしまうこととなります。

実際この梁への地震時の負担を計算して、安全性を検証すべきなのですが、経験則から寸法を決定するのが実際であるため、設計者次第で結果が変わります。梁せいは小さい方が材料費が節約できるので、最終判断は会社次第で変わるでしょう。

もし、この下に柱と壁があれば梁への負担は一気に軽くなるので安全性が確保できます。

つまり、直下率が高いということは、梁への過負荷を回避できるという安全策が取れるということなのです。この直下率はプランニングの段階で決定してしまいます。だからプランニングの際に同時に耐震性に配慮することが、とても大切なのです。


因みに、通例では直下率は50%以上が望ましいと言われていますが、当社アイ.創建では70%を目安にプランを提案しています。


5.耐力壁を1階と2階で揃えた方が良いという幻想。


これは特に耐震性を左右することではありませんが、各部材が負担する力を分散するという原理原則に則った話題です。

時々1階と2階の壁を上下揃えた方が建物が強くなるという意見を聞きます。

こんな壁ですが、プラン次第で良く出来上がります。(写真引用先フォトライブラリー

専門的になりますが、地震の時には柱に垂直方向の力が加わります。言うなれば柱を引き抜こうとする力。その力に耐えるために、金物で柱と土台(そして梁)とを固定します。

土台と柱をつなぐ金物

実は、上下で壁が揃っていることで、この垂直方向の力が強くなってしまうのです。つまりこの柱に上下方向の強い力が働いてしまいます。

結果的にこの金物に過度の負担が発生します。実際には、「ホールダウン金物」という強い力に耐えらえる金物が入る場合が多いです。


一方で、下図の様に壁をずらした場合、つまり市松模様に配置した場合では、先ほどよりも引き抜き力は弱くなります。つまり金物への負担が落ちるのです。

耐震設計においては、こんな細かい配慮を重ねる事で、ずいぶんと構造面でバランスの取れた住宅となるのです。同じ耐震等級であっても、設計者次第で耐震性が変わるのです。

6.各部材への負担を軽減すべき強い理由 - 熊本地震の事例から。


2016年の熊本地震では、震度7の地震が続けて2度発生したことで、耐震等級Ⅰの建物が倒壊しました。

倒壊」とは、人命が損なわれる程壊れた状態です。建築基準法では倒壊は許されていません。この事例では、1回目の地震で建物の一部が損傷し、損傷して弱くなった建物が(専門的には塑性変形したと言います)、2回目の震度7の地震で倒壊しました。

塑性変形した建物が、周期1秒の地震の揺れで倒れたと言う指摘もあります(周期1秒の地震波は「キラーパルス」と呼ばれ、当時話題となりました。)



最初に壊れる所を知る事。

建物が壊れる時は、最も弱いところ、つまり最も負担が大きい部材から壊れます。構造設計においては、逆説的ではありますが、最初に壊れる部分を把握しておくことが求められます。

つまり、どんな地震であろうが最初に壊れるべき部分が大丈夫であるという確信が持てれば良い訳です。

だから、安全な住宅を設計するにあたっては、建物に加わる力をできるだけ分散して、全ての部材に過度な負担をかけないことが、とても大切なのです。

そして、木造住宅はプランニングの段階で、柱と梁、そして耐力壁の位置はほぼ決まりますので、この段階で同時に耐震設計に配慮しながら進めることが求められるのです。



耐震等級の認定を取得しても、最終的には設計者や会社の価値観に依存する。

耐震等級という概念はとても分かりやすく便利ではありますが、仕様規定に従って認定を取る場合は、安全性を科学的に検証している訳ではありません。

耐震等級の規定に従った建物は各等級に応じて強靭な建物とはなりますが、先ほど触れた直下率などの様に、等級で定められた規定に含まれない、設計上配慮すべき点がいくつもあります。

耐震等級の認定において、構造計算による安全性の検証という手段を選択する場合であれば、客観的に安全であると言えます。ともあれ、構造計算はあくまでも「検証」です。耐震性能は、基本設計の段階でどれだけ安全に配慮するかということに、大きく依存することは間違いありません。

7.まとめ -再びお神輿。

木造住宅の設計は、ある程度の経験があれば、構造の専門知識が無くても可能です。そのため、表面には出ない耐震強度のバラツキが住宅ごとに生じているのは事実です。

先ほどのお神輿で、100kgを負担する損な役回りの人、もし想定外にお神輿に重い荷物が積まれたとしましょう。この人には更に不公平な負担がのしかかります。場合によっては、膝をついて潰れてしまうでしょう。

自然災害が発生した時に、想定外だったという声を最近やたらと耳にします。想定外だったと評論する前に、技術的な対策、今回で言えば、地震力を分散するという発想で構造設計を進めることで備えることが、何よりも先決だと考えます。

皆様におかれましては、プランニングの段階から建物全体の耐震のバランスに配慮して、計画を進めることをお奨めします。



内部参考リンク

木造2階建て住宅の構造設計が、なぜ仕様規定で許されるのかについてはこちらをご覧下さい。

木造2階建て住宅の耐震設計。「仕様規定」という方法で簡略化されています。